光の書

スピリチュアル情報などについて紹介していきます。

【日月神示1】大難を小難に、小難を無難に

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いくつかの宗教では「終末思想」というものがあります。

「終末論は歴史には終わりがあり、それが歴史そのものの目的でもあるという考え方」(ウィキペディア

 

「終末」というと「この世の終わり」という意味でとらえがちですが、

宗教の場合は「救済」という意味合いが強いようです。


それは終末に近づくにつれ法が失われ、良くない時代になる。

そして、世の終わりには苦難がおとずれるが、

それは良い時代に入るための

「うみの苦しみ」

というとらえ方です。

 

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日月神示」というものがあります。

 

日月神示(ひつきしんじ、ひつくしんじ)は、神典研究家で画家でもあった岡本天明に「国常立尊」(別名、国之常立神)と呼ばれている高級神霊よる神示を自動書記によって記述したとされる文書である」(ウィキペディア

 

日月神示にも「最後の審判」のような記述があり、そのような大災厄や戦乱を「大峠」と言っています。


日月神示はそんな大災厄である「大峠」をむかえるにあたり、

「どうあるべきか」や

「その後の新しい世界」

について述べています。


最近、私が思うのはそういった

「うみの苦しみ」

の時代に入りつつあるのではないかと思います。


なぜそういった

「大災厄」

が起きると多くの宗教が言っているかというと


「波動」が関係しているからではないかと思います。


「波動」と言うと、とたんにスピっぽくなってしまいますが、


地球自身の波動が上がっていると言います。

地球もまた一つの生命体であると言い、

新しい良い世界に向けて「波動を上げている」と言います。


薬などを飲んだ時、良くなる過程で一時的に悪くなることがあります。

これを「好転反応」と言いますが、

「うみの苦しみ」である「大峠」も好転反応のようなものと言えそうです。


スピリチュアルでは

「波動が上がるとカルマ返りが早くなる」

と言います。


カルマというと、また宗教っぽくなってしまいますが、


バシャールも

「あなたは自分が出したものを受け取る」

と言っています。


善人は波動が高いことが多いので、

波動が高いと、自分が出したものがすぐ返ってきます。

だから、そこで因果律を悟り、よけいに悪事ができなくなります。


反対に悪人は波動が低いことが多いので、

波動が低いと、自分が出したものがなかなか返ってきません。

忘れたころに返ってきて、なかなか因果律を見いだせないそうです。


今の時代は全体として波動が高くなっているそうですから、

これからの時代はカルマ返りが早くなり、因果律を多くの人が理解し、

悪事がはたらけない世の中になるのではと思います。

 

「終末」というのは一つの時代の区切りですから、

新しい時代に入る前には、つくった借金は返さなければならない。

それが「清算の時」の「大峠」ではないかと思います。

 

では、なぜそういった多くの宗教書や予言書があるかと言うと、

いかに「個人と集団を守るか」ということがポイントだと思います。

 


五井昌久氏もこの「終末」に言及していて、

白光や「世界平和の祈り」をするのは


人類が大災厄を迎えるにあたり、それが

「9割死んで1割残るのか、5割死んで5割残るのか、10割生き残るのか」

「軽減するため」

と言っています。

 

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つまり、

「大難を小難に、小難を無難に」

することが「行」と言えそうです。


日月の神さまはそこで

「みたま磨きをしなさい」

と言います。


では、「みたま磨き」とはどんなものか?


「改心と申すものは、何もかも神にお返しすることぞ。臣民のものと言うもの何一つあるまいがな。木の葉一枚でも神のものぞ」

 

「口と心と行と、三つ揃うたまことを命(みこと)というぞ。神の臣民みな命になる身魂掃除身魂結構」


「四ツ足を食ってはならん。共食いとなるぞ。草木から動物生まれると申してあろう。臣民の食べ物は、五穀野菜の類であるぞ」


「牛のもの食べると牛のようになるぞ。猿は猿、虎は虎となるのざぞ。臣民の食べ物は、定まっているのざぞ。いよいよとなりて何でも食べねばならぬようになりたら、虎は虎となるぞ。獣と神とが分かれると申してあろがな。縁ある臣民に知らせておけよ。日本中に知らせておけよ。世界の臣民に知らせてやれよ」

 

日月の神さまは「食」に言及しているものが多く、「肉食はだめだ」と言っています。

また、改心して言葉と想いと行いをコントロールする。

抽象的になってしまいますが、


個人的に思うのは「全体の視点」を取り入れるということだと思います。


一つの火花がすべてを燃やし尽くすように、

一つの火花があれば、それを全体として対処しなければならない。

 

誰かが苦しんでいるのだとすれば、それは全体の問題としてとらえなければならない。

ということだと思います。

 


悪をなすのは、自分と他人が「別もの」と考えているからです。

「メグリ」がすぐに返ってこないからこそ、悪事を働くことができた。

 

でも、波動が上昇している今後は、すぐに自分に返ってくるから

自分と他人が「別ものではない」ということを悟ると思います。


日月の神さまなどが言っているのは、そういったカルマをつくる前に

改心して善をなし、「カルマの軽減につとめましょう」

ということではないかと思います。

 

それでは「新しい世」とはどんなものでしょうか。


・金のいらぬ楽な世になるぞ。

・よき世になったら別の酒、煙草、菓子、饅頭出来るぞ。

・世変りたら生命長くなるぞ。

・よき世となったら、身体も大きくなるぞ。命も長くなるぞ。

・人民まで変るのが今度の大立替、食物も、衣類も、住居も皆変るぞ。

・来るべき世界が、半霊半物、四次元の、影ないうれしうれしの世であるから、人民も浄化行せねばならん。

・新しき人民の住むところ、霊界と現界の両面をもつ所。


半分霊で、半分物質のようです。

 

また、日月の神さまは

三分の一の人民になると、早うから知らせてありたことの実地が始まっているのであるぞ。何もかも三分の一ぢゃ。大掃除して残った三分の一で、新しき御代の礎と致す仕組ぢゃ。三分むづかしいことになっているのを、天の神にお願い申して、一人でも多く助けたさの日夜の苦心であるぞ。堪忍の堪忍、我慢の我慢であるぞ。

とも言っています。


ただ、このような「大峠」があるかどうかははっきりとは分かりません。

この文章もただの私の考えなので忘れてもらっても構いませんが、


一つ訴えたいのは、

これから時代が変わってくるのは

スピリチュアルで言うところの

「ワンネス」

という考え方だと思います。


つまり、「すべては一つ」という考え方です。

これまでは波動が低く、

「自分」と「他人」の間にタイムラグがあり

「分離」が当たり前でありましたが、


波動が高くなれば、「自分」と「他人」は何かしら影響を与え合っているということが理解されると思います。

それは自分と他人は「分離なんかしていない」という意識です。

 

他人にすることは自分にすることであり、

自分にすることは他人にすることです。


ですから、社会体制も必然的にそのように変わらざるをえません。

そのために

「峠」

を超える必要があるかもしれません。